MENU

©ARTORY INC. ALL RIGHTS RESERVED.

INTERVIEW

起業家としての素顔「バンドも会社も、ひとりじゃできない」
JOSUKEインタビュー Part.3インタビュー・文:タナカヒロシ/編集:田島太陽[BLOCKBUSTER]

2019 / 04 / 10

JOSUKEを知るうえで欠かせないのが、起業家・佐藤丈亮としての顔だ。

2011年に自身が代表取締役を務める株式会社アーティファクトリー(現:アートリー)を設立し、現在は従業員20人弱の規模にまで成長。順調に事業を拡大させてきた。
一見、音楽とは関係ないように感じるかもしれないが、実は会社はバンドが発展した姿だと言っても過言ではない。

その経緯を紐解いていこう。

幼稚園からパソコンを触り、高校でHP制作

JOSUKEが代表を務める株式会社アートリーでは、主にWebサービスやシステム開発を手がけている。「なぜバンドマンが?」と疑問が湧くのは当然だろう。その答えはJOSUKEのインターナショナルスクール時代まで遡る。

「校内にコンピュータルームがあったので、幼稚園のころからパソコンを触っていたんです。小学生のころにはHotmailが出始めて、姉妹校の友だちとメールを送りあってましたね。だからパソコンはインターネット黎明期から興味を持っていました」

中学生のころにはホームページを自作し、高校生になるとプログラミングを習得。“趣味”でゲームサイトやチャットルームを制作するようになる。
高校卒業後にSINSEMILLAを結成してからは、当然のように自分でホームページを制作。積極的にインターネットを使ったプロモーションを行なっていた。

「当時からビジネス的なマインドで、どうやったらファンを増やせるか考えていました。ホームページでメンバーがコラムを書いたり、自分たちで雑誌を出しちゃえばいいんじゃないかと思って、月刊SINSEMILLAみたいなチラシを作ってライブハウスに置いたり。思い返すと、いまに通じることもいっぱいあったなと思います」

「アイコンみたいな役割ができればいいかな」

バンドマン時代からWeb制作会社、出版社、ラジオパーソナリティ、そして現在も続けているファッションブランドのモデルなど、さまざまなアルバイトを行なっていたJOSUKE。
SINSEMILLA解散後に、バンドのベーシストであり、デザインを得意としていた古市将揮をパートナーに起業すると、噂を聞きつけたかつてのアルバイト先や当時の同僚から、Web制作の仕事を次々と受注する。

「立ち上げたばかりのころ、古市は就職が決まっていたので、ダブルワークという形で働いてもらっていたんです。でも、すぐにひとりじゃまわらないくらい仕事が増えて、正式に会社に入ってくれと。最初は四畳半の部屋を自宅兼オフィスにしていたので、4人まで増えたときは床に段ボールを敷いて働いてもらってました(笑)」

その後も会社は順調に成長を遂げ、近年はJapan IT Weekに出展するなど事業拡大にも力を入れてきたが、次なるステップとして見据えるのが自社コンテンツの制作。

その第1弾がJOSUKE自身なのだ。

「みんなのおかげで自分の手から営業や制作が離れて、この1年で実務がなくなったので、いままでやってきた音楽を絡めて、会社をプロモーションしていこうと思っているんです。JOSUKEの名前で音楽活動を始めたのは、結局そこが大きくて。2016年にも“50HEARTS”という名義で音楽活動をしたんですけど、それだと会社との相互作用がないので、アートリー代表の佐藤丈亮がやっていることがわかるようにしたんです」

「まずはJOSUKEの知名度を上げて、今後は他のアーティストを発掘してプロデュースしたり、JOSUKEが出演するWeb番組を作ったり、僕はアイコンみたいな役割ができればいいのかなと。あんまりゴリ押しするのは違うかなと思ってますけど、社員も音楽好きが多いので、積極的に応援してくれるんです」

真っ直ぐ突き進む、ピュアな努力家

そんな社員のひとりであり、長年の友人でもある蒲生徹郎は、JOSUKEという人物をこう評する。

「とにかく真っ直ぐな人。何かに興味を持つと、それがどれだけ大変だろうが、邪魔が入ろうが、“関係ねぇ!”っていう感じで突き進む。子どもみたいにピュアなんですよ(笑)。でも、それを叶えるだけの気持ちがあって、ものすごい努力をしている。本人は努力とは思ってないでしょうけど」

会社はバンドの延長線にある

ちなみにアートリーには現在、JOSUKEの中学時代の同級生4人が社員として在籍。うち3人はバンド時代をともに過ごしたメンバーで、蒲生もそのひとりだ。JOSUKEは「もしSINSEMILLAを続けていたとしても、そのまま会社になっていたかもしれない」と当時を振り返る。その言葉の端々からは、会社がバンドの延長線上にあることがわかる。

「バンドも会社もチームワークで、ひとりじゃできない。JOSUKEのプロジェクトも、みんなの作品みたいな感覚なんです。アートリーという会社名は、アーティファクトのファクトリー=“ものづくりの工場”が由来なので、これからもアートリーと、アートリーに関わった人たちと一緒に、いろんな作品を作っていきたいですね」

自らの名を冠したプロジェクトでありながら、口をついて出てくるのは「チームワーク」「みんなの作品」「関わった人たちと一緒に」など自分以外のことばかり。

JOSUKEの作る楽曲には、相手の幸せを願う歌が多い。
JOSUKEの歩んできた道、そしてアートリーという会社の成り立ちを知って、その理由がわかった気がした。

(インタビュー・文:タナカヒロシ/編集:田島太陽[BLOCKBUSTER])